住宅は住むための機械であるbyコルビュジエ 世界遺産登録をきっかけにして、ようやくわかった事。

先日、国立西洋美術館が世界遺産に登録されました\(^o^)/

ニュースで取り上げられていましたので、知っている方もたくさんみえると思います。

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上野にある国立西洋美術館は、世界的な建築家ル・コルビュジエの設計による国内唯一の建物なんですよ。

僕も何度か行ったことがありますが、

この建築の良さはですね、一言でいうと・・・・・

    正直に言いますよ・・・・・

 あんまりよくわかりません!(笑)

でも、歴史的な価値が高いのは間違いありませんよね。
何といっても国内にただ一つのコルビュジエ建築ですからね!

ル・コルビュジエ(←ウィキペディア)はこんな人です。

ところで、言い忘れましたが、僕はコルビュジエが大好なんです。

昔、フランス国内のたくさんの建物を見て回りました。

パリ市内はいいのですが、コルビュジエ建築はフランス国内に点在してますから、見学するのは結構大変なんです。

苦労して電車を乗り継いだり(ストは勘弁してほしい)、タクシーを使ったりしながら、どうしても観に行きたい!

そう思わせる建築家は、コルビュジエだけです。 それくらい好き。

ちなみに、ファンですけどそんなに詳しくないです!(笑)。

「住宅は住むための機械である」ってどんな意味なの?

コルビュジエの「住宅は住むための機械」という言葉は建築の世界では有名です。

でもその言葉に、ずっと違和感を覚えていました。

住宅機械という言葉が、どうしても結びつかない。

機械といえば、無機質なものを思い浮かべますよね。

でも、建物の中に入ってみると共通して、どこか懐かしくて温かい雰囲気を感じたのです。

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ロンシャンの教会。めちゃくちゃ有機的な建築ですよね(住宅じゃないけど)。

機械は「機能」を作り出すもの

時を刻むことができない時計、レンズの割れたメガネ。

どちらも、機能を失ったら、ただのモノです。

でも、本来の用途に使えなくても、その人にとって所有することに喜びを感じることができたら、価値のあるものになりますけどね。。。
骨董的価値のある時計もそうだし、伊達メガネなんかもそうです。ファッションの一部になってます。

住宅に置き換えると、例えば明治村にある夏目漱石の家。
今は誰も住んでいないし、住めないけど、とっても歴史的な価値がある。

価値はあるけど、機能はない。

ただ、作品として住宅をつくっても、人が住めなければ、あまり意味がありません。

住宅には住む(暮らす)ための機能が必要なんです。

そう考えると

住宅は住むための機械である、という言葉の意味がなんとなくわかってきました。

ところで、

住宅って住むための機能があれば、それでいいのか?なんてことも思ったりします。

そこにいると気持が安らかに落ち着く、というような
機能だけではない何か、も必要ですよね。

住んでいて気持ちが良かったり、心が落ち着いたり、家族が仲良くなったりするという、

ソフト的な機能も作り出す機械。それが住宅。と考えると、

住むための機械という言葉に納得できます。

つまり、住宅という機械が人に影響を与える環境をつくり出しているということ。
(ソフト的な機能とは、環境のことです)


「住宅は機能と環境を合わせ持つもの」という、

僕の住まいづくりの師匠の言葉と重なるじゃないか!!ってことに気付いたんです。

表現の仕方が違っても、同じことを言っているんですよね^^

だから、僕は日本古来の建築とは全く違うフランスの建築家、コルビュジエにも惹かれていたんだなってことが、ようやくわかりました! これは僕の独自の解釈なんですけどね(笑)

そんなことを、国立西洋美術館の世界遺産登録というニュースを聞いた後、ぐだぐだと考えていました。。。

ということで、
最後まで、個人的かつ備忘録的ブログにお付き合いいただいて感謝します^^

では。また。


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西山 浩一
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