拝啓 ジョン・レノン そして 忌野清志郎

今日はジョン・レノンの命日。

1980年の12月8日にニューヨークで亡くなりました。

当時中2男子の自分にとってショッキングな出来事として記憶に残っています。

亡くなる前に『ダブルファンタジー』というアルバムが出て、
ラジカセしか持っていなかった私のために、
洋楽好きの藤田くんがカセットテープに入れてくれた。
かなり気に入って毎日のように聞いていました。

遡って、その年の1月にはポール・マッカートニーが成田空港で逮捕され、
公演中止になりました。その時、テレビでビートルズの特番も放送されました。

担任の早瀬先生は、結構年配(50代後半?)だったけれど
気が効いている先生で、その特番を授業を変更してみんなに見せてくれました。
(自分はテレビ放映で見ていたので2回目でしたが)

皮肉なことにポールの逮捕による公演中止、ジョンの死によってビートルズを
知ることになってしまいましたが、
すでに伝説のバンドとなっていたビートルズというバンドを現在進行形で
感じることができた最後の世代なのかもしれません・・・。

ファイル 2015-12-08 11 43 55

そんなことを

今朝、PCから顔を上げたら、目の前に貼ってある写真に光が射しているのを見て
思い出しました。。。

ジョンの命日に開催された『ジョン・レノン スーパーライブ』という
追悼コンサートでの写真です。
清志郎さんが、ガンを克服して初めてのライブということで、
いてもたってもいられず武道館へ。

いろんなアーティストがジョンの歌を歌うコンサートなのですが、
その日は仕事があったので到着が大幅に遅れて、
武道館に着いた時には、ほとんど終わっていて
トリの忌野清志郎さんのライブが始まっていました。

武道館正面の誰もいない広い階段を駆け上がりながら聞こえてきたのは、
かつてRCのドラマーだった新井田耕造さんによる重いバスドラとスネアの音。

会場に入ると清志郎が『おかーさーん!どこにいるの~』とジョンの
『マザー』を日本語で絶叫していました。

凄い迫力。病み上がりとは到底思えない声に、その場で立ち尽くすほかはありませんでした。

心の声とは、こういうものなのか。

私はその声を一生忘れることはできないだろう。

ジョンも清志郎さんも共に伯母さんに育てられたという境遇を考えると
余計に胸に来るものがあります。

音楽の力、言葉の力は、人の心を動かします。

そんな力を誰もが持っている。

きっと、あなたも持っている。

そして、僕にもある、はず。。。

だから、信じよう!

明日から富山で住まいの研修です。

楽しんで学んできますね♪

では。また!!!

インスタグラム やってます! フォロー大歓迎です。


The following two tabs change content below.
西山 浩一
幸せな暮らしの配達人、ニッチのブログへようこそ~! 住まいづくりは幸せづくり。 住まいから幸せになれるってことを、伝えられたらいいなって思います。 日々、思ったこと、感じたこと、音楽、映画、旅・・・。そんなことを書いていきますので、気楽に和んでいってくださいね~♪